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アニメ

「妖怪人間ベム」は人間にもなれず火に焼かれて死ぬ

2011年に実写でドラマ化され、映画にもなった「妖怪人間ベム」。人でも妖怪でもない異形のモンスターが、周囲の迫害に耐えながらも妖怪を倒していくアクションである。
なかでも「早く人間になりたい」のきめ台詞は有名であるが、原作となったアニメ版のベムたちは、ラストで人間になれないどころか、警察の手で火に焼かれてし殺されてしまうのである。

その最終回は、1969年に放映の「亡者の洞穴」である。
ようやく人間になる方法を見つけたベムであるが、そのためには助けた夫婦と子どもを殺さなければならない。いままで人間のために戦ってきた彼らには当然手が出せずに、最終的に妖怪人間のままにいきることを決意することになる。

そこにあわられた警察隊。ベムたちの屋敷にこともあろうに放火。
あっさりとベムたちは死んでしまう。
あまりにもバッドエンドにベムたちを追悼する声が殺到。1982年から放映がスタートしたリメイク版では、デザインも温和になり、悪い妖怪を倒す描写がメインの勧善懲悪のアクションアニメに生まれ変わることになる。

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テレビ放送事故

村井秀夫刺殺事件

1995年4月、オウム真理教の東京総本部ビル前において、上九一色村のサティアンから戻ってきた教団幹部の村井秀夫が、暴力団の組員を自称する男に左腕と右わき腹を続けざまに刺される事件が起きた。
村井は腹の刺し傷が致命傷となり、出血多量で翌日に死亡。

当時の教団の本部には、24時間態勢で報道関係者や警察がはりついており、殺害の瞬間の様子はカメラに記録された。
その後、テレビのニュース番組やワイドショーが生々しい刺殺シーンを無修正で繰り返し放映したため、批判が殺到。やがて各局は報道を自粛した。
これほど殺人事件の一部始終が克明に記録されたケースは珍しく、多くの視聴者に衝撃を与えた。

閲覧注意

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芸能界

売れないアイドルの黒歴史

file no1.山田優

SPEEDの妹分として99年に「Y’S FACTORY」が生まれた。
このダンスポップユニットは鳴かず飛ばずのまま、およそ3年で活動を休止。そのリーダーが山田優である。旦那の小栗旬も知らないであろう彼女の過去は、6枚のシングルと1枚のアルバムを出していた。
安室から続くスターを生み出した沖縄ガールズ伝説は、山田らが食い止める結果となった。歌手でとん挫したのちに「おはスタ」に出演しおはガールとして番組を盛り上げた。

file no2.仲間由紀恵

琉球歌手のなかには、今では日本を代表する女優の仲間入りを果たした人物がいる。「紅白歌合戦」の司会も務めた”ごくせん”や”トリック”でおなじみ仲間由紀恵である。
仲間は沖縄アクターズスクール出身者ではなく、沖縄タレントアカデミーの卒業生である。沖縄テレビの一般オーディションでグランプリを獲得し、96年に篠原涼子を擁する東京パフォーマンスドールに加入。卒業後の仲間は97年に小室哲哉率いる小室ファミリーの一員となり「MOONLIGHT to DAYBREAK」でソロデビュー。
ヒットが確約されている当時の小室ファミリーでは珍しく、不発作となる。

file no3.中谷美紀

「ひとつ屋根の下」で女優デビューし、多くのテレビドラマや映画に出演。映画「リング」や「電車男」、ドラマ「ケイゾク」といった代表作を持つ中谷美紀。
主演映画が軒並みヒット作となる中谷であるが、デビューのきっかけは桜っ子クラブ。
東恵子とKEY WEST CLUBを結成したデビュー曲「お誂え向きのDestiny」はオリコン最高57位という最悪のセールスであった。女優として開花した彼女もアイドルとしては悲しすぎる実績しか残せなかった。

file no4.吹石一恵

父親は元プロ野球選手、夫は俳優の福山雅治といえばこの人、吹石一恵。ひた隠しにしたい過去は歌手ということではないだろうか。
デビューから環境に恵まれていた彼女は97年に封切られた映画「ときめきメモリアル」で初作品にして主演を務める。その主題歌「セピアの夏のフォトグラフ」で歌手デビュー。
広瀬香美が手がけた歌で、広瀬もコーラスに参加するほどのバックアップ。しかし歌唱力に乏しくセカンドシングルは見送られた。

file no5.菊池桃子

80年代のアイドル全盛期にデビューし、現在は教育活動を中心に行っている。84年に映画「パンツの穴」で主演を射止めて、歌手としてもデビュー曲「青春のいじわる」が大ヒット。
その4年後ロックバンドに転身すると豪語し「ラ・ムー」を結成。尋常ではない歌唱力によりおよそ1年でとん挫。以降は女優業にシフトチェンジした。

file no6.飯島直子

アルバイト先でスカウトされ20歳で芸能界デビューすると瞬く間に人気となり芸能活動の幅を広げていった。
女優・タレント・バラエティーと多くの番組に出演し成功をおさめた彼女も黒歴史があった。
92年に女優・網浜直子とW-NAOを結成。B’zの曲をカバーする。浅野温子&浅野ゆう子がW浅野として人気を得ていたことから「W」を名乗ったが、全く売れなかった。

file no7.鈴木杏樹

「ミュージックフェア」の司会を20年以上も務め、一時期はCM14本に出演し「CM女王」の異名を持った鈴木杏樹は、一風変わった経歴の持ち主である。なんと日本より先にイギリスでデビューしていたのである。現地ではKAKKOのネームで日本人ダンサーとして活動しており、外国人ダンサーとのコラボも多数経験。湾岸戦争を境に帰国。日本で女優となった。

file no8.押切もえ

「CanCam」というお姉さん系雑誌でカリスマモデルとして活躍し、タレント、小説家としても多彩な才能を発揮する押切もえ。デビューはギャル雑誌「egg」でガン黒ギャル系でデビュー。高校2年生だった97年コギャルがスタジオトークをかわす番組に、セーラー服を着て出演。
ギャル語もろ出しでひな壇で目立とうとする姿からは、日本を代表するプロ野球選手の妻になるとは誰が想像できたであろうか。

file no9.上戸彩

「3年B組金八先生」でブレイクし、歌手・声優・モデル・タレント・キャスターとして幅広く活躍する上戸彩。
しかし、そのデビューは平坦なものではなく、誰も知らないアイドルグループとして活動していた。「Z-1」の一員だった過去は消したい話。シングル5枚をリリースするが全く売れずに解散した。

file no10.安めぐみ

ドラマにバラエティに癒しの女王として活躍する安めぐみ。深夜バラエティ「トゥナイト」でリポーターを務めていた。乱一世とのセクハラまがいのレポートで一躍人気となったが本人は黒歴史であろう。

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CM

スパイダーマンが衣装を海に投げ捨てる衝撃のラスト

2009年に放送された「スパイダーマン新アニメシリーズ」は、前編がCGで描かれた海外アニメである。
陽気なギャグ漫画が満載の作品で楽しい雰囲気なのが基本路線である。
しかし最終回だけは急にシリアスな展開を見せたためファンからはトラウマが続出したという。

問題の最終回であるが、スパイダーマンがビルの屋上に悪党を追い詰めるシーンから始まる。激しい攻防の末、スパイダーマンは悪党をビルから突き落とすのであるが、実はそれは幻影で実は突き落としたのは無実の女性であった。

これを大々的に報道されたスパイダーマンは罪の意識にさいなまれ、衣装をトランクに詰めて海に放り投げる。主人公が無実の一般人を殺し、ヒーローを放棄する姿に子供たちは衝撃を受けたとか。

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特撮

トラウマ特撮まとめ

1.超問題作「ひばくせいじん」とは (00:09)
2.主人公であるロボコンがバラバラに (08:37)
3.特撮ヒーロー史上最も難解な最終回 (15:35)
4.ヒーローが大人の事情により殉職 (18:55)
5.真・仮面ライダーの恐怖の変身シーン (20:51)
6.(音声なし)ウルトラマンの手足がもがれ、生首があらわれるトラウマ回 (22:01)

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アニメ

17年ぶりのリメイクでまたしても鬱展開に

1992年に放送された「宇宙の騎士テッカマンブレード」は、以前ご紹介した前作のリメイク版である。
本作の特徴はとにかく悲劇的なものが多かった。

テッカマンが悪の宇宙人を倒したまでは良かったが、激しい戦闘によりショックで精神が破壊。
会話もままならない状態に陥る。最終話では車いすに乗った主人公がぼんやりと湖を眺める姿で放送が終了。

またしてもせつなすぎるエンディングである。

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アニメ

最後の敵が「これはアニメの話だ」とぶっちゃける仰天すぎるアニメとは

1993年に放送された「勇者特急マイトガイン」は世界征服をたくらむ悪の組織に「勇者特急隊」が立ち向かうロボットアニメである。

ラスボスであるブラックノワールが主人公の前に立ちふさがり「私は三次元人!お前ら二次元人は、私が作ったキャラ」だとぶっちゃけてしまう。
視聴者に向かって「これは人間が作ったアニメ作品です」と発言してしまった。

この後主人公は強引にラスボスを倒しハッピーエンドで終わるが、ファンは絶句したという。

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放送事故(海外)

カースタントで首を切断したスタントマン

1987年、オランダのサーキットで前代未聞のカースタントが行われた。
スタントマンは、40歳のアラン・バンクス。ヨーロッパの映画界では、かなりなの知れた人物で、アランドロンなどの大物俳優のスタントを一手に引き受け、「影の大スター」と呼ばれたプロ中のプロである。
スタントの内容は、縦に並ぶ3台のバスに車で飛び込み、そのまま突き抜けるというもの。

いままで成功者が一人もいない、難易度の高いイベントだった。
しかし、事件は起きた。スタントを成功すべく、普段よりも高速でバスに突っ込むと、バンクスを乗せた車はそのままバスを突き抜けて外へ。
大成功かと思われたが…

車はフロントガラスからキレイに失われ、バンクスの首ごと消えていたのである。

ジャンプした車体が天井のフレームによって削り取られてしまった。
悲劇の事故は日本でも何度かお茶の間に放映され、80年代を代表するトラウマ映像の一つとなった。

閲覧注意