カテゴリー
テレビ放送事故

ニュース速報

101 : 本当にあった怖い名無し[sage] : 投稿日:2013/03/03 23:21:41 ID:3+1neo6c0
この動画見るだけで寒気がします。

カテゴリー
テレビ放送事故

西部警察事故映像

2003年8月、ドラマ「西部警察スペシャル」の撮影中に、スポーツカーがハンドル操作を誤り駐車中の乗用車に衝突。見物人の列に突っ込み、男女5人が重軽傷を追った。

事件の一部始終は、その場に居合わせた視聴者が撮影しており、その日の夜のニュースで大々的にあつかわれることになった。
映画やドラマの演出とは異なり、足の骨を追った女性が「いたーい」と喜んでいるかのような口調で叫ぶシーンが妙にリアルで、多くの視聴者の心にインパクトを与えることになる。

なおこの事故により制作の打ち切りと放映中止が決定した。

カテゴリー
テレビ放送事故

生放送中に起きた工場の大爆発事故

1993年3月、日本テレビで放映されていた朝の情報番組「ジパングあさ6」で、生放送中に前代未聞の大事故が起きた。
その日、石鹸工場の取材を行っていた同番組は、関谷亜矢子アナウンサーをふくむ6名のスタッフで、東京・豊島の工場へ出向いた。

すると、石鹸の製造過程を撮影中に、目の前で大がまが外れて地面へ落下。大きな煙が立ち上った次の瞬間、工場内に大爆発が起きたのである。「熱い熱い」と必死の叫び声をあげつつ屋外へ逃げ出すスタッフたち。あたりは一瞬で阿鼻叫喚の様相へ変わったが、幸いにもスタッフたちは軽症ですんだ。

翌日、関谷アナは元気な姿で出演したが、焼け焦げた髪を切ったため前日とはヘアスタイルがすっかり変わったしまっていた。

 

youtube

カテゴリー
テレビ放送事故

三原山の噴火口に現れた謎の人影

昭和61年におきた、大島三原山の大噴火。歴史に残る有名な事件だが、その一部始終をとらえた観測所のカメラに、なんとも不可解な映像が記録されていた。

噴火の真っ最中、溶岩が吹き上がる中で火口付近まで近づき、ゆうゆうと辺りを散歩する人影が映りこんでいたのである。
映像が放映された後、テレビ局には問い合わせの電話が殺到。
検証作業を行うニュース番組あったが、結局、その正体はわからないまま。今も謎を残すトラウマ映像である。

カテゴリー
テレビ放送事故

豊田商事会長刺殺事件

1980年代における最強のトラウマ放送といえば、豊田商事事件において他にない。1985年6月、悪徳商法で大量の被害者を出していた豊田商事の社長宅に、「今日逮捕」との情報を聞きつけた多くのマスコミ取材班が集まっていた。
と、そこへ被害者の元上司に当たる自称右翼の男2人がくわえタバコで出現。マスコミに対して「被害者から永野をぶっ殺してくれ」と頼まれたと、ふてぶてしく語った。
驚くマスコミをよそに、2人は窓ガラスを破って社長へ侵入。怒鳴り声が聞こえ、白いカーテンに鮮血が飛び散った。

被害者は13箇所を刺されて即死。犯人は窓からはい出してくるや、「警察を呼べ」と言い放った。
事件の一部始終は各テレビ局で生放送され、NHKのアナウンサーは「子どもには見せないでください」とあわてて呼びかける事態に。のちにマスコミが犯人の行動をとめなかったことが問題視された。
リアルタイムの殺人劇がお茶の間に流れた最悪のトラウマ映像である。

閲覧注意

カテゴリー
テレビ放送事故

浅沼委員長暗殺事件

1960年10月、東京都千代田区の日比谷公会堂で、演説中だった社会党委員長・浅沼稲次郎が、17歳の右翼少年に暗殺される事件が起きた。

その日、浅沼は午後3時ごろ演壇に立ち「議会主義の擁護」を訴える演説をスタート。その5分後、若い男が壇上に上がり、刃渡り33センチの銃剣で浅沼の胸を2度突き刺した。浅沼は出血多量によりほぼ即死状態で、病院に収容されたときには、すでに事切れていた。
事件はNHK総合が録画放送を予定したため、一部始終が克明に記録されており、初めて殺人の瞬間がニュースで流れることになった。
60年代における超定番のトラウマ映像である。

閲覧注意

カテゴリー
テレビ放送事故

迷子のインコが話した奇妙すぎる内容

2012年の「探偵!ナイトスクープ」で、奇妙な内容が放送された。
迷子になったインコの飼い主を探すという内容で、調査が進むうちに、インコが次のようなセリフを語りだしたのである。

「ピーちゃんごめんね。ここは異世界かも。内職したら急に誰もいなくった。
ピーちゃんだけでも逃げて。電話も繋がらない。私は出て行きます」

結局、インコの素性は不明のまま調査は終了。インコが語った言葉の意味は、いまもわからないままである。

カテゴリー
テレビ放送事故

村井秀夫刺殺事件

1995年4月、オウム真理教の東京総本部ビル前において、上九一色村のサティアンから戻ってきた教団幹部の村井秀夫が、暴力団の組員を自称する男に左腕と右わき腹を続けざまに刺される事件が起きた。
村井は腹の刺し傷が致命傷となり、出血多量で翌日に死亡。

当時の教団の本部には、24時間態勢で報道関係者や警察がはりついており、殺害の瞬間の様子はカメラに記録された。
その後、テレビのニュース番組やワイドショーが生々しい刺殺シーンを無修正で繰り返し放映したため、批判が殺到。やがて各局は報道を自粛した。
これほど殺人事件の一部始終が克明に記録されたケースは珍しく、多くの視聴者に衝撃を与えた。

閲覧注意