昭和61年におきた、大島三原山の大噴火。歴史に残る有名な事件だが、その一部始終をとらえた観測所のカメラに、なんとも不可解な映像が記録されていた。
噴火の真っ最中、溶岩が吹き上がる中で火口付近まで近づき、ゆうゆうと辺りを散歩する人影が映りこんでいたのである。
映像が放映された後、テレビ局には問い合わせの電話が殺到。
検証作業を行うニュース番組あったが、結局、その正体はわからないまま。今も謎を残すトラウマ映像である。
1980年代における最強のトラウマ放送といえば、豊田商事事件において他にない。1985年6月、悪徳商法で大量の被害者を出していた豊田商事の社長宅に、「今日逮捕」との情報を聞きつけた多くのマスコミ取材班が集まっていた。
と、そこへ被害者の元上司に当たる自称右翼の男2人がくわえタバコで出現。マスコミに対して「被害者から永野をぶっ殺してくれ」と頼まれたと、ふてぶてしく語った。
驚くマスコミをよそに、2人は窓ガラスを破って社長へ侵入。怒鳴り声が聞こえ、白いカーテンに鮮血が飛び散った。
被害者は13箇所を刺されて即死。犯人は窓からはい出してくるや、「警察を呼べ」と言い放った。
事件の一部始終は各テレビ局で生放送され、NHKのアナウンサーは「子どもには見せないでください」とあわてて呼びかける事態に。のちにマスコミが犯人の行動をとめなかったことが問題視された。
リアルタイムの殺人劇がお茶の間に流れた最悪のトラウマ映像である。
閲覧注意
1987年、オランダのサーキットで前代未聞のカースタントが行われた。
スタントマンは、40歳のアラン・バンクス。ヨーロッパの映画界では、かなりなの知れた人物で、アランドロンなどの大物俳優のスタントを一手に引き受け、「影の大スター」と呼ばれたプロ中のプロである。
スタントの内容は、縦に並ぶ3台のバスに車で飛び込み、そのまま突き抜けるというもの。
いままで成功者が一人もいない、難易度の高いイベントだった。
しかし、事件は起きた。スタントを成功すべく、普段よりも高速でバスに突っ込むと、バンクスを乗せた車はそのままバスを突き抜けて外へ。
大成功かと思われたが…
車はフロントガラスからキレイに失われ、バンクスの首ごと消えていたのである。
ジャンプした車体が天井のフレームによって削り取られてしまった。
悲劇の事故は日本でも何度かお茶の間に放映され、80年代を代表するトラウマ映像の一つとなった。
閲覧注意
1940年に放送が始まり、世界的なヒットになったアニメ「トムとジェリー」。乱暴な猫のトムと賢いねずみのジェリーが繰り広げるドタバタコメディーで、いまだに新作が公開され続けている人気作である。
仲良しのケンカが続くユーモラスな印象が強い作品であるが、初期の頃の「トムとジェリー」は大きく違う。
代表的なのが、1943年に制作の「勝利は我に」である。トムとジェリーがガチの戦争を繰り広げるエピソードで、いつものドタバタ演出とは異なり、本物のダイナマイトや銃声が飛び交ったあげく、最後にはトムが爆殺されて終わる問題作である。
そもそも、当初は社会的風刺の要素が強く、第二次世界大戦を模したもの。しかし、1960年代のごろから暴力シーンへの規制が厳しさを増し、アクションシーンの大半が編集で削られてしまう事態に。やがて現在のような、無害なコメディー路線に変わっていったというわけである。